スカイライン(SKYLINE)は日産自動車が製造・販売している乗用車。
もとはプリンス自動車の主力車種であったが、日産自動車との合併後も引き継がれた。車名は「山並みと青空を区切る稜線」に由来する。名付け親は桜井眞一郎。
スタイル・機構
現在のスカイラインは12代目と11代目が販売されている。ラインナップは4ドアセダン(12代目)と2ドアクーペ(11代目)があるが、過去にはステーションワゴンもラインアップされていた(後継は日産・アベニールに一旦統合、後にLクラスステーションワゴンとして発売の日産・ステージア)。5ドアハッチバックやライトバン(エステート)もラインアップに存在した時期もある(後継は日産・アベニール・カーゴ→日産・エキスパート)。なお12代目クーペは2007年追加予定である。
ミドルクラスセダンに位置するが、自動車レースで用いられた過去があり、特に"GT-R"グレードは同クラスの他車に比べてレース色が強く、実際に製品としての性格付けもそのようになっている。 最大のライバルはトヨタのマークII(現マークX)である。過去に姉妹車として、同じ村山工場で生産されていたローレルと、セフィーロ(初代A31型は、一時期座間工場で生産されていた)もあった。
長野県岡谷市には、単一車種の博物館としては異例ともいえる「プリンス&スカイラインミュウジアム」がある。

初代スカイライン(ALSI-1)
<b>歴史</b>
初代(1957年-1963年)
キャッチコピー:プリンス スカイライン
1957年4月 富士精密工業(当時)より発売されたALSI-1型がスカイラインの初代となる。当初は1500ccでの発売となった。グレードはスタンダード(ALSIS-1型)とデラックス(ALSID-1型)の2種類。搭載するエンジンは直列4気筒OHV 1484cc GA30型。
1958年 マイナーチェンジ。
1958年10月 第5回全日本自動車ショウ(後の東京モーターショー)に「スカイライン1900(BLSI-1型)」を出品。
1959年2月 前年の全日本自動車ショウに出品した1900ccモデルを「グロリア(BLSIP-1型)」として発売。直列4気筒OHV1862cc GB30型エンジンを搭載する。
1959年7月 第1回日本アルペンラリーに出場し、優勝および総合3位を飾る。優勝ドライバーは自動車ジャーナリストの古我信生。

初代スカイライン(ALSI-2)
1959年10月 エンジン出力を70ps(馬力)へ向上し、ALSIS-2型(スタンダード)、ALSID-2型(デラックス)となる。
1960年2月 マイナーチェンジ。丸型2灯テールランプに変更されたほか、デラックスのみ4灯式ヘッドランプを採用する。
1960年10月 スタンダードがマイナーチェンジにより4灯式ヘッドランプに変更。
1960年秋 第42回トリノショーにイタリアのカロッツェリア「ジョバンニ・ミケロッティ」にデザインを依頼した「スカイライン・スポーツ(BLRA型/R21B型)」を出展。
1961年9月 「1900デラックス(BLSID-3型)」追加。直列4気筒OHV 1862cc GB4型を搭載する。1961年10月 「1900スタンダード(BLSIS-3型)」追加。
1962年4月 「スカイライン・スポーツ(BLRA-3型/R21B型)」を追加。日本初のスペシャリティカーといわれる。つり目4灯ヘッドライトの特徴的なスタイル、クーペとコンバーチブルの2タイプの設定等、注目を集めたがボディの殆どがイタリアの職人の指導によるハンドメイド(ジョバンニ・ミケロッティとアレマーノ社の手により製作)ということもあり、当時としても高価であった為、ビジネスとしては成功したとはいえない。特徴であるつり目ヘッドライトは、板金型がハンドメイドゆえに誤差があり、左右で角度が若干違っている。搭載するエンジンはGB4型。同年の第4回日本アルペンラリーに出場し、7位完走を果たす。テレビドラマウルトラQの劇中で使用されていた。
当時の価格はDXが120万円、クーペが185万円。クーペの価格は当時のブルーバード3台分に相当するもので、購買者は専ら高所得層の人々に限られた。
1962年9月 「スカイラインスーパー(S21D型)」発表。4灯式ヘッドランプをもつフラットデッキスタイルとなる。搭載するエンジンは直列4気筒OHV 1862cc G2型(91ps/4800rpm、15.0kgm/3600rpm)。
また商用モデルとして「スカイウェイ」も存在し、ライトバンとピックアップの設定もあった。
総販売台数は33,759台。
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