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2008年12月 1日 (月)

右京区-歴史

歴史
1931年(昭和6年) 4月1日 葛野郡嵯峨町、太秦村、花園村、西院村、梅津村、京極村、梅ヶ畑村、松尾村、桂村、川岡村が京都市に編入して、右京区が誕生。
1950年(昭和25年)12月1日 乙訓郡大枝村を編入。
1959年(昭和34年)11月1日 乙訓郡大原野村を編入。
1976年(昭和51年)10月1日 右京区から西京区が分区。松尾、桂、川岡、大枝、大原野地区は西京区へ。
2005年(平成17年) 4月1日 北桑田郡京北町を編入。
右京区の歴史は古く、かつてこの地には山城国府が置かれていた。渡来人の秦氏もこの地方を拠点として活躍したと思われ、氏寺として広隆寺を建立した。秦氏は聖徳太子とも関わりがあったらしく、のちの山背大兄王が蘇我氏に攻められた際に彼に太秦に避難するよう進言する者があった。秦氏と関係の深い桓武天皇が宇多に新都を定めると、京中に寺の建立が禁止されていたために、右京区域に多くの寺社が立ち並んだ。嵯峨天皇が嵯峨離宮(後の大覚寺)を建てたりするなど多くの貴族は右京区に馴染み、また嵐山に遊んだ。

室町時代には将軍足利義満が西園寺別邸を買い取り金閣寺(鹿苑寺)を建立した。

戦国時代以降より桂川水運が盛んとなり、嵯峨周辺に豪商が成長したが、その中で嵐山の豪商角倉与一了以が徳川幕府と結びつき、各地の河川の開削を行った。このためか角倉家は大いに発展し、東南アジアにまで進出するに至る。鎖国以後も桂川水運の管理を任され、南丹市世木以降の桂川の重要な港に角倉役所を置いた。この水運は、嵐山・梅津を荷揚場とし、天神川を水路として京都中に運んだ

右京区天神川丸太町より周山街道が始まる。沿道には高雄寺や小野小町のいたという小野郷などが存在し、右京区の歴史を彩っている。

京北地区の歴史として平安京造営の際に木材を献上した山国郷が最初に現れる。これが元で朝廷に縁を持ち、南北朝時代には光厳天皇が山国郷に一寺を開いた。戦国時代には土豪宇津氏が当地に割拠したが、明智光秀の攻撃を受けて滅んだ。また明治維新の際には時代祭行列で知られる山国隊が当地の農民により編成され官軍に参加し活躍した。

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